今日もどこかの小区で@上海

上海での日常を綴っています。日本での日常生活とは少し違った、でも実はあまり変わらない人間味溢れる上海生活をご紹介します

風の行方

今日は、もう午後5時を回ったというのに、一歩も外に出ていない。


自宅の棟から出て、小区内なら自由に移動しても良いという通達が出てから、今日は2日目だ。
朝10時過ぎに、娘と夫は小区の友達と遊ぶために外へ出て行った。


出社することができないと、資料などの確認がしづらく、業務が効率的に出来ないという支障がある半面、こんな天気の良い日に窓を全開に開けて、心地よい日差しを浴びながら仕事に打ち込めるのも最高なことなのだと実感した。


「シュアイグ!シュアイグ!」
夫がお隣のシュアイグのドアをドンドン叩く。
*シュアイグは日本語でお兄さん


「肉が到着したよ!」夫はシュアイグに肉の塊を手渡した。
ロックダウン中の今、政府からの野菜などの配給品が週に1度ほどあるだけでなく、小区内で肉・野菜・牛乳などのまとめ買いが可能となっている。



「ウーファーロウが買えたよ~♪もうこれがあれば当分安心だ!」
*ウーファーロウ(五花肉)は日本語で豚バラ肉
 
ウーファーロウでよく角煮を作るのが好きな夫が、ウキウキ気分で独り言を言っている。
「それは良かったね」私は心の中で呟いた。


午後になると、同僚との会議が始まった。
会議が始まると同時に、娘がなぜかおもちゃの電子ピアノを持ち出して、大音量で音楽を流し始める。
何でこのタイミングで・・・と思ったが、気にせずに会議を続けた。
その内に、その電子ピアノにセットで付いているマイクに向かって大声で歌い始めて、流石にこちらも吹き出しそうになったが、
それほどまだ親しくない同僚に気づかれまいと必死で堪えた。


仕事がひと段落した夕方6時に、娘たちがいるだろう広場へ向かった。
案の定、ヨーヨージエジエとシャオディーディー達と遊んでいた。
 *ジエジエ=お姉ちゃん  *シャオディーディー=かわいい弟


そこへふと、ゴルフバッグを担いだ男性がやって来た。シャオディーディーは、物珍しそうにゴルフバッグのパターを1本取り出した。


「こらっ!ババのじゃないから取っちゃダメだよ!」
*ババ=パパ


シャオディーディーのナイナイが言った。
*ナイナイ=おばあちゃん


どうやらシャオディーディーのババもゴルフをするらしい。
それでも構わずシャオディーディーはパターを振り回し、花壇の方へ行ってしまった。
こういう場合、日本だと、大人がすぐにパターを子供から奪い返し、持ち主に返しただろう。
でもここは中国。大人達は笑いながら、「気を付けて!」と言うだけで、子供の好き勝手にさせている。
当の持ち主もスィングの練習を始めていて、一向に気にしている素振りがない。


その内、ヨーヨージエジエのババがバスケットボールを取り出し、遊び始めた。
するとそのゴルフバッグの持ち主が、「ちょっと貸して!」と言い出し、ヨーヨージエジエのババのバスケットボールで華麗なドリブルを披露し始めた。


顔見知りだったのかどうかは知らないが、自由に他人の持ち物で遊び始める小区の人たち。
また1つ、カルチャーショックの体験をした。


心地よい風が吹いていたので、娘と夫が自宅へ戻った後、一人ベンチで腰かけて暫くぼーっとしていた。


どこからか、バイオリンの練習している音が聞こえる。


ベンチの前の棟からは、夕飯の支度をしているのか、食器同士のガチャガチャした音も聞こえてきた。


後ろの棟では、誰かがシャワーを浴びている。


目の前では、おばさんが散歩をしている。


何気ない日常の音が戻ってきたのだが、何故だか今というこの瞬間は、この先もう味わうことができないかも知れない、とふと寂しさに襲われた。

真っ直ぐな男

やっと、ロックダウンから解放される兆しが見えてきた。
今日から、PCR検査で陽性者ゼロ人になってから7日が過ぎたので、小区内なら自由に動き廻ることができるようになったのだ。


「今日は、ヨーヨージエジエと、シャオディーディーと遊べるよ、嬉しい?」
*ジエジエは日本語で姉の意味
*シャオディーディーは、日本語でかわいい弟という意味


と娘のサンサンに聞くと、
「うれし」と頷いたが、何のことがまだよく分かっていない様だった。


朝食を済ませ、暫くすると、夫と娘は小区の広場へ出かけて行った。


今日は、PCR検査を知らせる外からの大声のアナウンスもないし、小区内なら自由に歩けるという開放感もあってか、午前中の仕事が心なしか捗った。


会議も入っていたのだが、いつも会議中にモニターを覗き込む娘もいなかったので、ハラハラせずに没頭できた。




12時になった。
そろそろお腹が空いてきたのだが、夫と娘はまだ戻ってこない。
きっと、小区の子供たちと久しぶりに会ったせいか、時間も忘れて遊んでいるのだろうと思い、有り合わせのおかずをレンジで温めて食べた


12時半になっても帰宅しないので、外に探しにいった。


大広場にいるのかと向かったら、案の定、ヨーヨージエジエと一緒に、PCR検査ごっこをしていた。
この大広場では、いつもPCR検査が開催される場所なので、それ用のテーブルや消毒液、ビニール手袋がまだ置かれたままだった。



「外に出られることになって、ほんと良かったよ!」と笑顔でヨーヨージエジエのババが言った。
*ババは日本語でパパ


ヨーヨーのババは、自宅におもちゃを取りに行くような、ちょっとした移動時でも、なぜかいつも全速力で走る。


以前、ロックダウンになる前のことだが、このヨーヨーのババが子供たちに大きなシャボン玉を作ってくれたり、面白いおもちゃを持ってきてくれたりして、広場で一緒に遊んでいた。


いつも通り、ヨーヨージエジエのババは、ちょっとした移動でもやはり全速力で走っていたのだが、この日は急に全速力で走り去って、ついに見えなくなってしまった。
何か急なトラブルでも発生したのだろうか、と心配しながら子供たちの面倒を観ていたのだが、30分ほどしてまた全速力で走って戻ってきた。


片手には、なぜかマクドナルドの袋を持っている。


「さあ、みんなで食べよう!」


ヨーヨーのババはおもむろに袋からハンバーガー1個、ポテト、コーラを取り出し、広場にあったテーブルに並べ始めた。


「このアンガスバーガーが、美味しいんだよ~」とちょっと自慢気に言って、ヨーヨージエジエと私の娘サンサンのために半分こにしてくれた。
娘たちは「カンペーイ」と言いながら、仲良く食べ始めた。
*「カンペーイ」は日本語で「カンパーイ」


「ほら、コーラも飲みな!」と元気よくヨーヨーのババが言った。


いきなり消え去って、戻ってきたと思ったら自分の好きなアンガスバーガーを3歳児に勧める、これぞ真っ直ぐな男だ、と心の中で呟いた。



お昼を食べないままいよいよ午後1時になってしまったので、また3時に遊ぼうと約束をし、自宅へ戻った。



お昼ご飯を食べた後、久しぶりに親友と時間を過ごせてよほど興奮したのか、普段昼寝をしない娘は、テレビを観ながらそのままウトウトと眠ってしまった。


起きた頃には、時計は既に夕方5時を回っていた。

新たな発見

ここ最近、将来のことを考えて弱気になってしまう。
広州から上海に引っ越してきてまだ1年が経っていないが、子供のことを考えるとこのまま上海に居ていいのだろうかと考える。


「ニイハオ~」
PCR検査のために広場へ行くと、301号室のアイが、先に下に降りて行った夫と娘と共に雑談をしていた。
「アイも函館に行く計画をしていたんだって」夫が私に言った。


コロナになる前に、来年の桜は函館で観ようと計画をし、すでに日本行きのチケットと、日本に居る私の両親と一緒に泊まるホテルも予約済だったが、ちょうどその桜の頃にコロナが厳しくなってしまった日本へは、流石に行ける状況ではなくなってしまった。


幸いにも、予約していた航空券とホテルは全て無料でキャンセルができたが、それ以来、未だに日本へは帰国できていない。


「わたしはむかしにほんのかいしゃではたらいていました」


アイがいきなり日本語を話し出した。
聞くと、有名な日本のスポーツメーカーに勤めていたらしい。
流石上海、4万人もの日本人が住んでいるのも納得で、この小区の私の住んでいる棟だけでも、私含めて3人が日本語を話せることになる。
ひょっとしたらまだまだ出てくるのではないか、思えてくる。
アイは今も日系ではないが、同じくアパレル系の貿易会社に勤めているらしく、今回の上海のロックダウンによる出荷が滞っていて大変だという話を、お互い日本語と中国語を交えて話した。


PCR検査を終えて戻ろうとしたときに、後ろから104号室のナイナイが
「ヨーヨーがいるよ!」と大声で叫んだ
見渡すと、娘の親友のヨーヨーが、お父さんとおばあちゃんと一緒に広場付近で立っていた。


娘は「ヨーヨー!」と嬉しそうに叫び、駆け寄っていった。
また監視員に何か注意されるのではないかと冷や冷やしたが、もう監視の目は大分緩くなっているらしく、特に何も言われなった。


「バオバオ」
 *バオバオは日本語で「抱っこ」


ヨーヨーのおばあちゃんが言った。
親友同士の2人は久しぶりの再会で少し戸惑いながらも、バオバオやウォーショウをしてお互いを懐かしんだ。
*ウォーショウは日本語で「握手」


ただ、あまり長居をすると注意をされるかもしれないと思い、1分ほどで立ち去った。


棟の前では、いつも通り住民たちが日向ぼっこ兼交流会をしていたが、私は301号室のアイを見かけると一足お先に、「仕事~(泣)」と日本語で伝えて家に戻った。


6階までの階段を登っていると、下からお隣さんのシュアイグも登ってきた。
家の入口で一緒になり、彼にWIFIを借りているので何か手助けができないかと思い、
「食料は足りてるの?」と聞いてみた。
「1人だから、配給の食料で十分だよ」と答えた。
「料理は作れるの?」
「ホイ」
*ホイは日本語で「出来る」という意味


時々将来を考えて不安になることもあるが、やはり上海、いや、この小区暮らしは癖になるかも知れないと予想している。